スロウ、メロウ。

ゆっくりと、熟れう。こころにうつりゆくよしなしごとを。
ゆっくりと、熟れう。
こころにうつりゆくよしなしごとを。
うつくしいよ、とても。怖いぐらい。

うつくしいよ、とても。怖いぐらい。

「ありふれた愛じゃない」を再読している。
一行目からもう、好きだ。
何故だか、涙が出てしまう。
「ね、美しいとは思わない?」(115頁)
そうやって私も問いかけられている気がするからだろうか。
いつもは自分が、言葉を紡いで、そう問いかけているからだろうか。
ただどうしようもなく恐ろしく、美しいものを前に、そこに絶え間ない真理のようなものを、垣間見るからだろうか。



久しぶりに、海沿いを歩いた。肌は太陽に焼かれ、熱を帯びて、海辺の強い風がそれを冷やしていく。車に乗れば数分のところを時間をかけて歩いていくと、寂れた船着場に出る。船は幾つかあるものの、人はいない。看板は黄色く日に焼けて、石畳の間からは草が生い立ち、色褪せたベンチでは蜘蛛の巣が風に揺れている。
桟橋をふと見遣ると、海のほうを向いて突っかけたサンダルをぷらぷらさせながら、少女が座っていた。私は彼女の隣に腰掛けて、少しだけ二人で話をした。

彼女は時々、此処に座り、連なる山脈に夕陽が沈んでいくのを背中で感じながら、海の向こうから夜が迎えに来るのを、じっと待っているらしかった。

日没に、空のふちが虹色になる。彼女は言った。まだ明るい西の空に、宵の明星が光り、次から次へと明るい星から姿を現す。
夜が始まる。
空がゆっくりと海と馴染んでいくのを見つめて、それらと一緒になって、自分も夜に沈んでいけるような、あるいは赤子みたいに裸になって抱きしめられているような気さえ、していた。私は、ちいさい。あまりにも。彼女はそう思った。そして、こんなにも、赦されているのに、とも思った。

目を瞑って、まだ起きていない星々のことを思う。繰り返す波が、繋がれた漁船や海辺のコンクリに当たって、たぷんたぷんと音を立てる。潮の香がそのリズムに合わせて、そこらじゅうで畝をつくっているのを感じる。

すっかりと空が暗くなり、夜気をその身に纏って、彼女は立ち上がる。それは包み込むように優しく、呑み込まれそうなほど恐ろしい。その感情は、なにも夜に限らないことだった。痛い程の雨にわざと打たれてみれば、ほんのりと暖かったとき。神社の大きな木が空を覆い、その影を落とすとき。気の遠くなるような時を経て、硬い岩に蔓延る苔の蒼さに気がついたとき。ひとはいつから彼らと離れ離れになったのだろう、と。

海辺の少女は、そんな話をした。
もう何万年も続いている水面の煌めきを見つめたあと、別れ際に彼女は言った。

「ね、うつくしいと思わない?」

しんどくなってしまったら、すべて脱ぎ捨てて、またここで会いましょう。
あなたも、私も。
ひとつの生命として、赦されていますように。
うつくしいひとで、ありたい。

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