生きてゆくことが 後ろめたい日もある。どうしてか、だれかの最期に引っ張られてしまう。笑って、取り繕って、笑い疲れたときに思い出すどうしようもない問いの答えをいつだって持ち合わせていないのに、今日に限って気づいてしまう握りしめた掌の虚しさよ。あと、どれぐらい繰り返しても。しあわせな歌を、歌いたいだけなのに。
夜の丘 少し離れて歩く、私の名前が呼ばれる響きを反芻するここにいてもいいんだと赦されているような気がして少し伸びた草がサンダルの隙間から素足へと露をうつしてしらたまの歌を思い出したまだ湿っぽい風が髪の毛を頬にはりつけてそれを拭う指の温度を感じる雲の切れ間から光の粒が零れてしまったみたいにぱらぱらと光っている眼下の街と雨の名残とすこし色素の薄いその両眼名前を呼ばれて振り返るいつか、この夜の丘を思い出すといい
ちいさな海 ぼくたちは知っていることしか、知らないんだ。風はどこから来て、どこへいくんだろう。ぼくは、どこから来て、どこへいくんだろう。君は、どこからきたの。ねえ、これからどこへいくの。紫陽花のはなびらがぽとりぽとりと茶色く落ちてゆく様をみてああ、よく来たねと迎えた日のことを。その涙ひとつその、なみだひとつ。ぼくたちは、知っていることしか、知らないんだ。
残照 伏せた睫毛にぶらさがる雫。よれてしまったピンクベージュの爪先に、苦笑する君の掠れた声。ふわりと舞い上がるレースカーテンの窓辺。頬杖をつく横顔。曇り空を映す鏡のような川の水面。すこし変わった方向へ曲がった指のかたち。それは町の向こうがわへと沈んだ太陽が残していった光のように。数えあげたらきりのないなんでもないことがどうしてか、ただ、綺麗だった。
弦を打つ 雨はピアノみたい。弦を打つ、グランドピアノの中身を思い出す。そうして自分も雨に濡れたくなる。滴る雨の感触と、肌ではねる音をききながら。ひとりきりで、ひとりきりではないことを感じながら。そんなとき、等しいな、と思うのです。このからだも、花も、海も、コンクリの地面すら。
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